Global Challenge From CIEC

交換留学を経験した創太さんとそれを支えたお父様に、CIEC職員がインタビュー。留学を決めた経緯や留学先での学び、帰国後に感じたことなどをお伺いしました。

Family Voice 留学編

写真左からCIEC職員 田中恵理さん、鈴木創太さん、父・昇さん

勉学にも水球にも全力で打ち込んだ、アルゼンチンでの10か月。
物事に責任を持ち、完遂する力が身についた

田中 創太さんは、交換留学で関西学院から初めてアルゼンチンのアウストラル大学に派遣されました。留学を考え始めたきっかけは何だったのでしょうか?

創太 幼少期に父の仕事の都合でアメリカや香港に住んでいた経験から、もともと海外に対して興味がありました。高校生の頃から留学は視野に入れていたのですが、パッケージ化されたプログラムが中心で、自分の力で行くという実感は持ちにくい環境だったんです。誰かに連れられて行くだけの海外経験ではなく、自分自身で計画を立て、明確な目的を持って生活してみたいという思いが強くあったため、大学での交換留学を決めました。

田中 数ある留学先の中で、なぜアルゼンチンを選ばれたのですか?

創太 自分が行ったことのない国に行きたいという好奇心がきっかけです。また、父が経済学の観点から「アルゼンチンは20世紀初頭に経済大国だった歴史がありながら、現在は毎日物価が変化するほど激しいインフレに直面している。その環境に身を置くだけでも勉強になるよ」と教えてくれたことも大きかったですね。実際に自分の目で見てみたい、行ってみたいという思いから留学を決めました。

田中 お父様は、創太さんから「アルゼンチンに行きたい」と聞いた時、どのように感じられましたか?また、どのようなアドバイスをされましたか?

父 海外に興味があることは知っていたので、留学自体に驚きはありませんでしたが、希望先が南米・アルゼンチンで、かつ大学としても初めてのケースだと聞き、親として心配な部分はありました。しかし、熱中していた水球部を休部してでも行きたいという思いと、留学について自ら調べて準備を進める姿を見て、本人なりの強い意志があると感じ、応援することに。アメリカやヨーロッパは旅行や仕事で行くことがあるかもしれませんが、アルゼンチンへ行ける機会はそうありません。本人には「海外では日本の常識が通用せず、周囲が手厚く支えてくれるわけではない。自分で考え、判断し、行動する姿勢を大切にするように」と伝えました。

田中 お子さまの真剣な姿に、応援することを決められたのですね。創太さんは留学に向けて、どのような準備を行っていたのですか?

創太 現地での生活に向けた備えとして、アルゼンチンの公用語であるスペイン語の勉強に注力しました。初めて学ぶ言語だったため、かなり苦労しましたし、留学中も予想以上にスペイン語を使う機会が多く、最初は戸惑ったことを覚えています。しかし、拙いながらも自ら進んでコミュニケーションを図ることで少しずつ話せるようになりました。こうした現地でのコミュニケーションへの抵抗が少なかったのは、以前からCIECの「KGバディーズ」に参加していたことが大きかったと感じています。日本にいながら異文化に触れられる時間は、私にとって貴重な経験でした。

田中 準備で特に大変だったことはなんですか?

創太 ビザの取得です。申請が遅れてしまい、出国直前までビザが下りるか分からず非常に焦りました。なかなか大使館に電話がつながらなかったり、東京まで2回面接に行く必要があったりと、もっと早めに準備すべきだったなと思います。

田中 実際に留学が始まり、アウストラル大学での授業はいかがでしたか?

創太 日本で学んだ経済学をもっと深めたいと考え、「アルゼンチンにおける経済発展とビジネス環境」や「南米における天然資源の地政学」などを履修。日本のような講義形式ではなく、プレゼンテーションやディスカッションが中心で、先生を囲んで議論するスタイルの授業もありました。アルゼンチンならではの経済貿易システムを学べたのはいい経験です。

田中 生活面についてですが、住居をご自身で探す必要があったんですね。かなり大変だったのではないでしょうか?

創太 大学側に留学生向けの寮が用意されていなかったため、自分で住居を確保する必要がありました。そのため最初の2週間だけホームステイをさせていただき、その期間にネットで事前情報を調べつつ、実際に足を運んで物件のオーナーに交渉して回ったんです。最終的には、大学のオリエンテーションで知り合ったフランス人留学生と意気投合し、2人でアパートを借りてルームシェアをすることに決めました。

父 親として一番心配だったのはそこですね。多くの大学には寮がありますが、今回はそれがなく、自力で住居を確保しなければならない。日常生活のベースとなる場所だけに、「もし見つからなかったらどうするのか」という不安はありました。

田中 異国の地で住居を見つけるのは、並大抵のことではないですよね。

創太 物件の契約書は当然すべてスペイン語だったので、何が書いてあるのか全く分からず最初は戸惑いました。幸い、ルームメイトが少しスペイン語を話せたので翻訳してもらったり、自分でもスマートフォンの翻訳アプリを駆使したりして少しずつ確認。「ここだけは絶対に読んでおくべき」という重要な箇所を教えてもらい、なんとか無事に契約までこぎ着けられました。

田中 留学中も水球を続けられたそうですね。

創太 留学先でも絶対に続けたいと考えていたので、渡航前から現地のクラブチームを調べ、英語とスペイン語の両方で「トライアウトを受けさせてほしい」とメールを送っていました。そして、現地でテストを受けてGEBAというチームに入団。合計10か月間活動することができました。活動は週5日で、平日は毎晩20時から22時までプールで練習。さらに土日は筋トレをこなすというハードなスケジュール。所属したチームは南米の大会でも常に上位に食い込むトップクラスの強豪で、実戦的な練習は非常に刺激になりました。

田中 勉学や生活面だけでなく、競技にも積極的に取り組まれて、とても充実した留学生活だったのですね。日本に帰国して、ご自身で成長したと感じる点はありますか?

創太 留学中は、想定外の事態が次々と起こりますが、そんな中でも「今できる最善は何か」を常に考え続けやり切る「完遂力」が身についたと感じます。また、アルゼンチンでの生活を通じて、これまで家族が当たり前のように提供してくれていた環境のありがたさを痛感しました。病気をしても自力で食事を用意する必要がありますし、家の設備が壊れた時も現地の業者と交渉して、自分の力で対応しなければなりません。生活を支えてくれた家族への感謝が深まりました。現在は、家事などを積極的に引き受けようと密かに頑張っています。

父 まだ私はその頑張りに気づけていませんが(笑)今後に期待したいと思います。ただ、留学前と後では責任感の点で大きな変化があったと思います。何事も人任せにせず、わからないことは自分で調べて問い合わせるなど、自ら解決しようとする姿勢に成長を感じました。異文化の中で生活し、学業だけでなくスポーツにも挑戦した経験が、自信や視野の広がりにつながったのでしょう。

田中 お父様の目から見ても、確かな成長が感じられたようですね。今後の目標を教えてください。

創太 まずは水球を引退までやり切ることです。アルゼンチンのクラブチームで培った力をチームに還元できればと思っています。そしてこれまで支えてくれた家族全員を海外旅行に連れていくことが、就職してからの目標です。

田中 素敵な夢ですね。お父様から見て、今後の創太さんに期待することはなんですか?

父 ネットが普及し、自分と違う考えの人を敵視しがちな時代。そんな世の中だからこそ、留学を通じて全く異なる文化や価値観を肌で感じた経験を活かしてほしいと思います。自分とは違う他者を尊重し、対応していける人になってくれたら嬉しいですね。

田中 最後に、これから留学を検討している学生や保護者の方へメッセージをお願いします。

父 昔に比べ、情報収集や言葉の壁は科学技術で低くなっていますし、大学が用意してくれている留学制度もあります。本人が興味をもったなら、ぜひ送り出してあげてほしいです。心配しすぎる必要はないと思います。

創太 一歩踏み出せば助けてくれる仲間に出会えます。好奇心を大切に、自分から飛び込んでみてください。