梶原隆さん・晴美さん・誠人さん親子 関西学院の親、子。

子の戦い。親の葛藤。

お子さま、誠人さんはご両親からみてどんなお子さまですか?

父の隆さん(以下、父)
彼の長所は、昔から子どもが好きで小さな赤ちゃんからお年寄りまで、誰とでもすぐに仲良くなれるところで、友達や知り合いは性別・年齢・職業を問わず相当持っていると思います。短所は、そんなキャラクターなので人付き合いが良すぎて家にいることが少なく、家族のことを信じられないほど後回しにしてしまうところです。

母:大学4回生の時は、クラブの練習やミーティングが忙しく毎日夜遅くなるという事で、上ケ原で一人暮らしを始めましたので家には全く帰ってこなかったですが、1回生の時でも練習が忙しかったと思うのですが、家に顔を出すのは週2日程度でいつも出かけていたようです。朝も夜も関係ないんですよ(笑)。

父:本人にはいつも言うのですが、今は将来のことについて考えたり、話し合ったりする大事な時期なのでいろいろな話をしたいのですが、ほとんど家にいないのでゆっくり話をするタイミングがなかなか取れません。1月3日にライスボウルが終わってから2ヶ月ほど経ちますが、ほとんど話をしていないのが現状です(笑)。
 時間がない中で将来の話をしても、どうしても命令口調になって厳しく言ってしまいます。時間があればゆっくりした気分の中で普通に語り合うこともできるのでしょうけどね。私の一方的な話になると、本人は自分の部屋に入って出てこなくなってしまいますね。

子:父が言っていることはすべて正解だと思うんです。正しいし、自分のためを思って言ってくれているのもわかる。ただ、厳しい言い方をするのでどうしてもむきになってしまいます(笑)。

母:私達にとっていつまでたっても子どもなので、ついつい口出ししてしまうんですよ。でも一人でどんどん成長して、自分で考えて行動するようになるんですね。最近は少しずつ親離れ、子離れができてきて、親がうるさく言わなくてもちゃんとしてくれるようになってきたかな、と思っています。

誠人さんは大学フットボールのトップチーム、ファイターズの主将となってチームを引っ張る存在となったわけですが、ご両親として何かサポートなどはしておられましたか?

母:特にこの主将だった1年間は、サポートらしいサポートはしていなかったと思います。少し距離を置いて見守っていたというのが正しいかもしれません。誠人は、私たちがサポートすることのできないくらい大きな組織に所属していましたので、私たちには何もできない。誠人が自分で乗り越えなければならない。そういうところにいるな、という感じがしていましただから、私たちは黙って見守るくらいしかできませんでした。誠人はファイターズで、私たちごときではサポートしきれなかったような経験をしていたんだと思います。彼は親ではなくファイターズの監督やコーチ、そして仲間たちと乗り越えて学生日本一を勝ち取ってくれたと思っています。

子:父は意識していないかもしれませんが、父の言葉が僕の心の支えになっていたことは間違いありません。フットボールの練習が苦しくて「辞めたい」とこぼすと、父は励ますどころか「それなら辞めてみろ」と言うんです。「お前からフットボールをとったら何が残るのか」と。そう言われると僕も負けん気が出て、逆に頑張ってやろうという気になりました。そういう父の言葉があったからこそ、僕はフットボールを頑張って続けてこられたと思います。