OG・OB INTERVIEW

OG・OB INTERVIEW

左から、ヨコタ シンノスケさん(Key/Vo)、ソゴウ タイスケさん(Dr)、ヤマサキ セイヤさん(Vo/Gt)、
カワクボ タクロウさん(Ba)、オカザワ カズマさん(Gt)

キュウソネコカミ

2009年12月に関西学院大学文化総部軽音楽部の同期を中心に結成された5人組ロックバンド。2014年4月にメジャーデビュー。2018年には神戸ワールド記念ホールにてワンマンライブを実施するなど、精力的なライブ活動、フェスやTVへの出演を重ね、いまや日本の音楽シーンを率いる存在に。そんなキュウソネコカミのメンバーに、関西学院大学在学中の思い出や、現在の音楽のルーツとなる軽音学部でのエピソードをお聞きしました。

たくさんの人を楽しませる音楽がしたい!
関西学院での日々が、キュウソネコカミの原点に。

― 関西学院大学ではどんなことを学ばれましたか?

ヤマサキ僕と(ヨコタ)シンノスケは法学部で法律を学んでいました。実際の裁判を傍聴したり、問題を解決に導くためにどんな法律を用いればいいか考えたり、実践的な学びが多くて面白かったです。

ヨコタ キュウソネコカミのライブは、メンバーもお客さんも暴れ回ることが多いけど、だからこそ思いやりやマナーを持って楽しもうという精神を大切にしていて。これは関学で法律やルールがなぜ必要なのかを学んだからこそ生まれた考え方だと思います。

ヤマサキ下積み時代から、ライブの打ち上げがすごく盛り上がっていても、僕たちはちゃんと終電で帰っていましたし。その場のノリに流されない、どこか冷静に判断できる部分を持っています。

ヨコタまさに大卒のバンドって感じですね。

オカザワ僕は社会学を学んでいました。卒業論文のテーマは「ライブハウスの空間におけるパーソナルスペースについて」。ゼミの先生には、社会学と関わりがあれば何をテーマにしてもいいよと言われていたので、当時から親しみのあったライブハウスをテーマにしました。

ヨコタ関学の先生たちって、学生一人ひとりの生き方や考え方を受け入れてくれる印象があります。軽音学部の活動でゼミのイベントに参加できないこともあったんですけど、否定したり、突き放したりするのではなく、理解してくれていましたね。

オカザワちゃんと授業に出て、課題を提出して、やることはやっていたから、勉強をおろそかにしているわけじゃないってことは伝わっていたんじゃないかな。

カワクボ僕は現在学長をされている村田先生のゼミに所属していました。留年を重ねてなかなか卒業できなかったんですけど、先生はずっと「君はなんとかなるよ」っておっしゃっていました(笑)。無事村田先生に卒論を提出。やっと卒業できることになって、その年にちょうどメジャーデビューが決まりました!

ヨコタ先生っていうより、占い師みたい(笑)。

― 軽音学部での思い出もお聞かせください。

ソゴウ僕はライブでバスケットボールをテーマにした某アニメの主題歌を演奏したことがあるんですけど、曲と曲の間に、バンドメンバーで劇中の名場面を演じるショートコントをしたのを覚えています。

ヨコタ彼はそういう場を与えられると生きるんですよ。

ソゴウ自分で台本を書いたこともありましたね。

ヤマサキ当時から、ギターソロで客席にダイブ していました。メインのライブイベントにはあまり出演していなかったんですけど、他のサークルに負けるな!という雰囲気がある他大学とのイベントでは 、抜擢されることが多かったんです(笑)。

ヨコタ(ヤマサキ)セイヤは切り込み隊長的な存在だったんですよ。関学には大学のイメージ通り、きちんとした真面目な人が多い。そんな中で音楽をやると、どうしても技術重視になってしまう部分があるんですよね。

カワクボ確かに演奏技術は高かったのですが、僕らにはもっとお客さんを楽しませる観点でライブをしたいという思いがあったんです。そういう歯がゆさが今のライブパフォーマンスの根幹になっていますね。

ヨコタ在学中に満たされなかったことが今につながっている。周りは上手く折り合いをつけて就職していたけど、何かやり残しているなという感覚があったから、音楽を続けたんです。

― 部活動での経験が今の活動に生きているのですね。

ヨコタそうですね。演奏技術の面では、在学中に様々な音楽に触れられたのもよかったです。関学に多数ある軽音楽系の団体の中で、唯一管楽器が所属していたり、JAZZのビッグバンドがあったりする部だったので、扱っている音楽がとても幅広かった。僕自身もロックやフュージョンなど、色んなジャンルにチャレンジしました。

オカザワ僕はビッグバンドに所属していた時期があったのですが、当時はあまり興味がなくて(笑)。今になってJAZZもちゃんとやっておけばよかったなと思うことがあります。

ヨコタかなり真剣に音楽に取り組む部だったので、ライブのあとは必ず反省会がありました。今でもライブが終わったら、例え周りが打ち上げをしていても、楽屋の隅っこで集まって、真面目に反省会をしています。このように僕たちのルーツが軽音学部には詰まっていますね。数年前には、現役の部員にライブで使うメインスピーカーの調子が悪いという話を聞き、卒業生に呼びかけて、みんなで部活に寄附をしたことも。今でも軽音学部とは強いつながりを感じています。

― 曲作りの原点になっているのはどんなことですか?

ヤマサキ学生時代、飲食店でアルバイトをしていたのですが、当時の店長がすごく変わった人で。1日も休みなく出勤するので、家で洗濯をする時間がないから、毎日パンツを買っては捨てていたんです(笑)。

ヨコタ社会にはこの店長のように色んな人がいる。大学時代から、出会った人を観察して、曲にしてきたんです。例えば、部活動での出来事をテーマにする場合でも、ただ楽しいことじゃなくて、先輩のあんまり好きじゃないところを歌うんです。直接は言えないけど、曲にしてしまえば無礼講になるんですね。みんなが痛快な気持ちで聞けるというか。

ヤマサキ在学中から、目に飛び込んできて、何か心に引っかかったものがあれば、それを曲にしていましたね。まさに現在の曲作りの原点だと思います。

― 2016年には新月祭で凱旋ライブをされました。

ヨコタ結成当初からライブの挨拶では必ず「西宮から来ました、キュウソネコカミです」と言っているんですよ。メンバーは今でも関西在住ですし。バンドが結成され、育まれたルーツとして大事にしてきた場所でライブができたのはすごく嬉しかったですね。

オカザワ上京するバンドが多い中、メジャーデビューしても僕らは関西でやっていこうって話し合って。最初は意地みたいなものもありましたが、そうするうちに西宮市への愛着がどんどん湧いてきました。新月祭のライブには、家族が総出で観に来てくれました。普段、通っていた大学に家族が来ることなんてないじゃないですか。こんなきれいなキャンパスに通っていたのかと驚いていましたね。

ヨコタ在学中に親をキャンパスに連れてくればよかったなと思います。上品で落ちつきのある、あの雰囲気を体感すれば、ここなら安心して通わせられるなと思えるでしょうね。

ソゴウ他の大学の学園祭にもたくさん出演させていただく機会がありましたが、周りが繁華街になっている学校も多くて。その点、関学は周りも住宅街で静かだし、何かに打ち込むのにとてもいい環境ですよね。

キュウソネコカミからのメッセージ
for 関学生

カワクボ勉学でも、部活動でも、当時はムダなんじゃないかと思っていたことが、今になってすごく大切だったと気づくことがよくあります。今の自分の価値観で物事を決めつけず、ぜひいろいろなことに挑戦してみてください。

ヨコタ在学中はあまり真面目に勉強していなかったけど、大学には毎日通っていました。僕が軽音楽に打ち込んだように、大学に行ってこそ熱中できるものが見つかると思います。保護者の方は、もしお子さんがあまり大学に行っていなかったら、遊んでいてもいいから、行くだけ行ってみれば?と声をかけてあげてください!

ソゴウ将来自分がやりたいことを4年間で見つけられる人ってそんなに多くはないと思います。僕も絶対に音楽をやりたいと思ってバンドを始めたわけじゃないけど、今となっては音楽しかない。この道でいいのかな?と不安を感じていても、続けているうちに正解だと思えるかもしれないし、挑戦してみれば新しいものが見えるかもしれない。絶対に4年間で何かを見つけようと力みすぎず、大学生活を楽しんでください。

オカザワ対面で授業を受けられなかったり、友達に会えなかったり、コロナ禍をきっかけに、大学生活の当たり前が当たり前じゃなくなってしまっていると思います。僕たちもなかなかライブができず、この1年はすごく悩みました。これを機に当たり前の幸せに感謝して、改めて学生生活に真剣に取り組んでみてください。

ヤマサキ部活動やゼミ、アルバイトなど、複数のコミュニティに参加してみてください。いろいろな人の考え方に触れておくことで、自分が悩んだときの選択肢が広がると思います。ひとりで殻にこもるのは簡単だけど、せっかく大学に来たからには、勇気を出していろいろなことに挑戦するべき。勉学だけじゃなく、興味のあることに挑戦すれば、自分の世界が広がるんじゃないかな。もちろん単位はきちんと取らないとだめですが(笑)。