関西学院の学びを支える教育者であり、また飽くなき探究心を持ち続ける研究者でもある教授・教員陣の最前線をリポートする。

profile

理学部 教授

松浦 周二

MATSUURA SHUJI

名古屋大学大学院を修了後、新技術開発事業団科学技術特別研究員、米国カリフォルニア工科大学研究員、宇宙研助手を経て、JAXA宇宙科学研究所に勤務。赤外線天文衛星「あかり」や小惑星探査機「はやぶさ2」の打上げ計画に参加し、ロケット実験CIBER-2の日本側代表として計画を遂行した。2015年より関西学院大学 理工学部 物理学科(現:理学部 物理・宇宙学科)の教授に着任。独自の研究実績を通じて、CIBER-2による宇宙背景放射・原始銀河の観測に取り組む。

松浦 周二さん

星明りから「宇宙の夜明け」を探る赤外線天文学の世界。

現在、私は赤外線を通して初期の天体を探る研究を行っています。この研究の始まりは、大学院生時代に遡ります。学部生の頃から物理とものづくりが好きだった私は、宇宙の理論を学ぶだけではなく、自然現象を自分の作った装置と自分の目で観測したいと考えて大学院に進学しました。そこで偶然、「赤外線を使って宇宙で最初の天体が発した光を観測する」ことをめざしている研究室の存在を知ります。この出会いが、赤外線天文学の世界に没入する人生の転機となりました。
赤外線天文学とは、赤外線観測によって天体を調べる学問です。130億年以上前、宇宙に初めて誕生した原始銀河は光(紫外線)を発しました。光の波は、宇宙の膨張により波長が10倍以上引き延ばされて赤外線となり、天空から降り注いでいます。宇宙で最初に生まれた遥か彼方の星々は、地上最大の望遠鏡でも捉えることはできません。しかし、赤外線があつまってできた「宇宙背景放射」と呼ばれる光であれば、大気圏外で観測することが可能となるのです。大学院生時代に研究室で行われていた実験は、まさに「ロケットを飛ばして望遠鏡を大気圏外へ運び、宇宙背景放射を観測する」というものでした。もともとは重力理論や素粒子物理学に興味があった私ですが、研究室を通じて赤外線天文学の魅力に惹かれるように。現在も、宇宙のはじまりの痕跡を求めて研究を行っています。

宇宙研究、そして自分自身の可能性を広げてきたのは絶えないチャレンジ精神。

大学院卒業後は、新技術事業団(現:国立研究開発法人科学技術振興機構)が行っていたプロジェクトに応募。プロジェクトを通じて配属された通信総合研究所(現:国立研究開発法人情報通信研究機構)で「赤外線の技術を活用して新しい光源を作る」という実験に参加しました。赤外線に特化した任務でしたが、天文学とは全く異なる分野への挑戦はスキルの向上と広い視野の獲得につながり、また充実した研究成果も得られてとても良い経験になったと感じています。

その後、通信総合研究所で磨いた技術を活用するために赤外線天文学の本場であるアメリカへ。当時、NASAはヨーロッパ宇宙機関と共同して「ハーシェル宇宙天文台」と呼ばれる赤外線宇宙望遠鏡計画を進めていました。周波数の低い光で、宇宙の初期の銀河や星の源流を探すというプロジェクトです。そこで、私がかつて開発に携わった「赤外線の新しい光源」が活用できるとわかり、これに関わる道を模索するように。カリフォルニア工科大学で関連実績を出しているグループに直談判して研究員としてプロジェクトに参加したこともあります。他にはないような素晴らしい研究を経験できたのは、分野も国境も飛び越えてあらゆることに挑戦する姿勢があったから。数々の経験は、私自身の可能性を広げ、そして世界的な宇宙研究の発展に寄与してきたと自負しています。

飽くなき探究心が宇宙を知る手掛かりに。フィールドを変えて、さらなる挑戦が続く。

赤外線の新型光源を開発するプロジェクトに参加後、そのままアメリカで過ごそうと考えていた私のもとに、大学院でお世話になった教授が訪ねてきました。「JAXAの宇宙科学研究所で新しい衛星を開発しよう」。恩師の言葉が、宇宙科学研究所に就職するきっかけとなりました。

宇宙科学研究所では、日本最初の赤外線天文衛星「あかり(ASTRO-F)」のプロジェクトに参加。2006年に衛星の打ち上げを行いました。赤外線を使って宇宙の全天(あらゆる方向)の地図を作るという非常にスケールの大きい計画です。しかし、それ以上に私がやりたかったのが、やはり宇宙で最初の星明りを見ることでした。そこで立ち上げたのが、ロケット実験「CIBER」という新たなプロジェクトです。大学院時代の研究と同様に、小さな赤外線望遠鏡をNASAのロケットにのせて打ち上げ、宇宙背景放射の正確な観測を行いました。宇宙科学研究所に所属しているうちに計4回の打ち上げに成功し、「CIBERで発見した放射光の多くは銀河間空間に浮遊する星々によるものだろう」という結果が得られました。しかし、観測した光が初期天体から発せられたものだという確証は得られませんでした。結論付けるためには、さらに高精密な測定が必要だったのです。手がかりを掴むために、教授となった現在は学生たちとロケット実験「CIBER-2」を実施。装置が壊れるという失敗も経験しましたが、修理を行って挑戦を続ければ、今度こそ成果が出るだろうと期待しています。
また、惑星探査機「ソーラー電力セイル(宇宙ヨット)」によって木星軌道よりさらに遠方の宇宙を探索する「オケアノス計画」も、これまでに進めてきたプログラムの1つです。ソーラー電力セイルとは、セイル(帆)に太陽の光を受けて宇宙航行に必要な電力を生み出す装置のこと。活用すれば、木星のそばにあるトロヤ群という小惑星まで赤外線望遠鏡を運ぶことができます。宇宙科学研究所でも一度、何十メートルにもなる帆をもつ「オケアノス」を宇宙に飛ばそうとしましたが、実現には至りませんでした。今は帆を10メートルほどに縮めた小型衛星で実験を行うために、当時の仲間たちと試行錯誤しています。

宇宙研究の中核を担うために。研究者育成を通して、未知の解明に寄与していく。

関西学院大学で教育者としての道をスタートさせたのは、若者の感性に触れたいと思ったから。学部生たちに刺激を受けながら、日々研究に取り組んでいます。

現在、本学の神戸三田キャンパスで推進しているのが、宇宙研究の活性化です。理工学部の平賀教授はX線天文衛星、瀬田教授は南極テラヘルツ望遠鏡でそれぞれ宇宙を観測する計画を進めているように、学内ではすでに高いレベルの研究が行われています。今後は工学や環境応用化学など、他領域の研究室とも結託して、宇宙研究の中核を担う研究機関をめざしていきたいです。
宇宙研究を盛り上げるには、我々研究者だけではなく、学生や一般の方に宇宙の魅力を知ってもらうことも欠かせません。2022年にⅧ号館に設けられた天体観測ドームは、皆さんの興味を掻き立てるためにふさわしい場所であるといえるでしょう。望遠鏡があるだけで、学生たちが主体的に天文学を学び始めたり、自ら観測装置を作りだしたり、非常に高い教育効果が得られます。これまで、あらゆる方に気軽に宇宙に触れてもらうために、関西学院高等部の生徒に向けた体験会や周辺市民を招いた七夕の天体観測イベントなど、様々な催しを開いてきました。ゆくゆくは「開かれた望遠鏡」として、本学の宇宙研究のシンボルにしていきたいと考えています。
宇宙研究の面白さは、未知の事象が長い時間をかけて少しずつ解明されていくところにあります。1つわかっても、また別の疑問が浮かんでくる。興味が無限に広がっていくんです。追究すべき謎はまだまだあるので、研究を受け継ぐ人材の育成も、今後の大切な目標です。これまでずっと「他の人がやっていないことをやりたい」という想いで研究を進めてきました。実際に、私たちが行っている赤外線の宇宙背景放射を観測する実験方法は、世界中どこを探しても例がありません。挑戦には失敗が付き物で、周囲と意見が食い違うことや回り道をすることもたくさんありました。しかし、様々な刺激を受けたことが間違いなく現在の糧になっています。本学の学生たちにも、研究に限らず多くのことを経験し、困難を乗り越えた先にある喜びを知ってほしいです。