SNSの普及によってかつてないチャンスとリスクが私たちを取り巻いている

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教育学部 教授

丹羽 登

特別支援学級や特別支援学校の教員として重度障害児教育に携わる傍ら障害児のICT活用等の研究活動を進める。文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特別支援教育調査官を経て、関西学院大学教育学部教授。研究テーマは特別支援教育(病気や障害のある子どもの教育)。特に病弱教育、障害のある子どものICT活用、医療的ケア、難病児者の課題を扱う。また、それらの子どもが関連する、いじめや虐待、不登校等の課題解消に向けて、西宮市や兵庫県といった自治体の委員としても活動している。病弱教育や障害児のICT活用に関する著書・論文多数。

丹羽 登さん
ICTの活用で教育現場に変革をもたらし、子どもたちの“未来を生き抜く力”を養う。

近年のICTの普及により、私たちの生活は非常に便利なものになっています。ここ数年で急速に広まったスマートフォンでは、AR(Augmented Reality:拡張現実)・VR(Virtual Reality:仮想現実)分野の技術がかなり実用的に使われていますし、QRコード決済も可能となっています。しかし、教育現場ではどうでしょうか。何十年も変わらない慣習が引き継がれ、時代に対応していない指導方法が多いのが現状です。例えば、黒板への板書。多くの先生が重要な箇所で使う赤色のチョークは、色弱の人には見えづらいと言われています。ましてや、小学生の子どもであれば、見えていないことを上手く主張するのも困難かもしれません。同じように教科書の書体や明朝体だと識別しにくい子どもがいるなどの問題点があります。また、子どもたちが社会に出ていく20・30年先、今よりもっとあらゆるものが発達した未来で生き抜くための力を身に付けるには、ICT技術への対応も必須と言えるでしょう。教育分野においても時代にあった取り組みが求められているのです。私が教育分野のICTの活用に着目したのは、就職して3年目の時に教え子の1人が亡くなったことがきっかけです。高校時代から障害者自立に関わるボランティア活動をしていた私は、大学で教育分野について学んだ後、小学校・特別支援学校に就職しました。その教え子は重度の障害があり、他者との意思疎通が難しい状態でした。彼は腸閉塞を患い苦しんでいたのですが、それを周囲に伝える手段がなく、そのまま亡くなってしまったのです。何だか様子がおかしいというような人間の感覚に頼るのではなく、正確に障害児の異変をキャッチできるものが必要だと考えた際に、教育現場へのICTの活用という考えにたどり着きました。その後、大阪府の教育委員会や文科省で特別支援教育の本格的な制度設計に携わった後、研究職に就くことに。研究テーマとして掲げているのは、特別支援教育(病気や障害のある子どもの教育)です。特別支援と言っても、特定の子どものために特別な対応をしているわけではなく、すべての子どもの教育機会を広げるという観点から、教育現場のICT活用を後押しするべく研究を推進しています。

5GやVR・水中ドローン等の先端技術を活用した臨場感溢れる遠隔授業プロジェクト。

2019年、関西学院大学は教育現場でのICTやネットワークの活用を進めるために、富士通株式会社と共同研究契約を締結。私は関西学院大学を代表し、この共同研究プロジェクトを推進することになりました。プロジェクトは、持続可能な開発目標(SDGs)の4番目の目標にもある「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」の実現を目的として、①不登校の児童・生徒、②過疎地などの高等学校、③病気療養中の児童・生徒、④病弱な児童・生徒への対策に着目。多くの企業や施設に協力いただきながら、5G、水中ドローン、VRなどの高精細技術を駆使し、様々な事情により学校に通うことが難しい子どもへの遠隔教育に取り組みました。 まず着手したのは、最新技術を活用した教員研修です。東京と大阪の2拠点で教室に全天球カメラを設置し、複数の教員や研修会の講師等が個別に見たい方向の映像を見て効果を測りました。発信している映像は1つだけですが、それぞれが見たい方向を見られるというのは大きな利点でした。しかし撮影範囲が360度であるため、天井や床を映した不要なデータも配信してしまうことになります。さらに効率よく運用していくには、どのようなカメラを使うのが有効か、今後も検討していく予定です。これを応用すれば、例えば授業参観の時に保護者が教室の後ろから授業風景を見るだけでなく、授業を受けている自分の子どもの表情まで見えるような仕組みが生まれるかもしれません。

そしてプログラムのメインとなったのが、水族館と連携した遠隔校外学習です。これは入院中の児童・生徒に、病院にいながらでも海や海の生物についての学びを深められる体験を提供することで、通常では校外学習の機会を得ることが難しい環境にいても質の高い教育内容を届けられることを実証するものです。八景島シーパラダイスとの連携プログラムは、入院中の児童・生徒が病院から大水槽内にある水中ドローンを遠隔操作し、生き物を観察するという内容で実施しました。水中ドローンに標準でついているカメラでは1方向の映像しか写さないので、なかなか実際に体験しているような臨場感を出すことは困難です。そこで、全天球カメラを水中ドローンに装着して得た水槽内の映像と、ARを用いたコックピットのアニメーション映像を組み合わせて、まるで自分が操縦室にいるような動画を見られるようにしました。子どもが病室でコントローラを動かすと、それにあわせて実際に水族館にある水中ドローンが動くため、操作は自由自在。子どもたちは楽しんでいました。実施後に訪れた水族館では、子どもよりも保護者のほうが夢中になっているご家族も(笑)。その姿を見て、多くの人に楽しんでもらえる可能性があると感じました。そして沖縄の美ら海水族館との連携プログラムでは、水族館員による指導と水槽内見学・5Gを活用した疑似体験を実施しました。東京の病院内教室と美ら海水族館を5G回線で結び、ジンベエザメの餌付けの様子などを観察。1つの映像を、大勢の人が同時に視聴でき、さらに各自が見たい方向を見られるのがポイントです。ダイバーが全天球カメラを手に、水槽の中を泳ぎ回ることで、より臨場感のある映像を届けられました。

ICTの活用で教育現場に変革をもたらし、子どもたちの“未来を生き抜く力”を養う。 ICTの活用で教育現場に変革をもたらし、子どもたちの“未来を生き抜く力”を養う。

一連のプロジェクトは、「第4回ジャパンSDGsアワード『パートナーシップ賞(特別賞)』」や「IAUD国際デザイン賞2020金賞」、「第14回キッズデザイン賞」を受賞し、注目を集めることができました。Society5.0で求められている現実社会と仮想社会との有機的な融合を、学校教育でどう進めていくのかは大きな社会課題の1つです。最近では、ARやVRが携帯型のゲームやスマートフォン等で使われることが多くなってきています。意識していなくても、現実社会と仮想社会との融合は様々なところで始まっているのですから、学校教育の場でも遅れをとるわけにはいきません。今回のプロジェクトはその先行事例の1つとなりました。成果としては、全天球カメラ・ヘッドマウントディスプレイ・タブレット端末を使った360度映像の視聴、4K映像や高速画像圧縮、5G回線の先行活用等を、本格的な普及の前に実施し、その有効性を証明できたことにあると思います。

多様な立場の人がいる社会で他者と関わることが、自らの成長に。

スマートフォンに内蔵されている音声認識は、もともと障害者のための機能として備わっていたものです。それが今では一般的に広く活用されています。このように、特定の誰かのために考えられたものが、結果的に多くの人のためになることがあります。障害があることだけが特別ではありません。左利きの人は世界で約10%、HSP(Highly Sensitive Person:非常に感受性が強く敏感な気質を持った人)は約20%、LGBTQは約9%、色弱は男性のうち約5%と言われています。あらゆる立場でのマイノリティを見てみると、その数は決して少なくはありません。私たちは様々な場面で多様な立場の人がいることを前提として社会を創造する必要があり、生き辛さを感じている人の声を拾うことは、社会の豊かさに繋がるのです。多様性の社会では、自分にとっては些細なことでも、他者からすると特別なものや新鮮なものとして見えていることは多々あり、そんな他者との違いが自分の視野を広げてくれます。しかし、他者との関わりがないと新しい世界に気づかずに通り過ぎてしまうことでしょう。学生のみなさんには、大学生活で他者と触れ合う機会を上手く掴んでいってほしいです。

ICTの活用で教育現場に変革をもたらし、子どもたちの“未来を生き抜く力”を養う。