挑戦を重ねた先に見つけたアナウンサーという道。これからも目標へ向かってまっすぐ努力し続けたい。

TBSアナウンサーの古田敬郷さん。2015年に関西学院高等部へ入学し、2018年に関西学院大学社会学部に進学されました。小学2年生の頃から野球を始め、高校・大学でも野球部に所属し、野球に青春を捧げるもなかなか芽が出ず、苦難の日々を過ごします。就職活動について考え始めた時期に、お祖母様からの一言と、親友の存在がきっかけでアナウンススクールへ通うように。生き生きと話す先輩の姿に憧れ、夢への決意はより強いものとなりました。現在は『THE TIME’』をはじめとする様々な番組で活躍する古田さん。今回は野球に打ち込んだ日々や学生時代の思い出、アナウンサーとしての思いについてお聞きしました。

熱い思いを胸にひたすらに野球に打ち込んだ日々

高等部から関西学院に通われていますが、進学を決めた理由を教えてください。

小学校2年生の頃からずっと野球をしてきて、中学時代も野球一色でした。しかし実力が及ばず、めざしていた高校のスポーツ推薦を諦めることに。気持ちを切り替え、受験勉強を始めましたが、野球への熱い思いが消えることはありませんでした。そんな時に出会ったのが関西学院高等部。勉強で入学できる、強豪の野球部がある学校だと知り、志望しました。オープンスクールで初めてキャンパスを訪れた時のことは今もよく覚えています。綺麗な校舎や洗練された雰囲気に憧れが一層強まりました。

高等部ではどのように過ごされましたか。

野球と勉強に明け暮れる3年間を過ごしました。通学に片道2時間かかり、6時半に家を出て23時頃に帰宅する毎日で、充実感はあったもののとにかく忙しかったです。学業の成績が悪いと補習に出なければならず、部活に支障が出るため、勉強にも一生懸命取り組みました。そんな高校時代は、現実の厳しさを知った苦節の3年間でもあります。高校でこそ活躍したいという思いで入部したものの、100名以上もの部員を抱える部活の競争は激しく、レギュラーの座を獲得できず必死にもがいていました。毎朝5時に起きて弁当を作ってくれていた母や、ベンチにすら入れない試合でも応援に来てくれた父の期待に応えられないことが苦しかったです。高校生活の最後までひたむきに取り組みましたが、結局レギュラーにはなれませんでした。マウンドに立って、この悔しい思いを晴らしたいという強い気持ちで関西学院大学に進学し、硬式野球部に入部することを決意しました。

野球に打ち込んだ青春時代

ひたむきな努力が不可能を可能に変える

大学時代の思い出をお聞かせください。

やはり硬式野球部での毎日が最も心に残っています。大学の野球部は高校以上に部員数が多く、全国から強い選手が集まってくるため、苦しい日々が続きました。ただ、印象的だったのはレギュラーだけでなく、部員全員で1つのチームだったということ。一軍のメンバーが練習している間、それ以外のメンバーは整備やアイシング、マッサージ、データの分析など全面的なサポートに回っていました。一軍の練習が終われば真っ暗なグラウンドで遅い時間まで練習して、本当に大変な毎日でしたが、誰一人辞めなかったのは、本当に野球と仲間が好きだったからなんだと思います。レギュラーが試合で講義に出られない時はノートを取ったり、情報を共有したり、グラウンド外でもサポートしていましたね。レギュラーメンバーも驕らない良い人ばかりで、投球に関するアドバイスをくれるなど技術面で私たちを支えてくれていました。とても熱くて、良いチームだったと思います。

社会学部で幅広く様々なことを学んだのも大学ならではの思い出です。なかには恋愛心理学の講義もあって、大きな教室でも立ち見の人が出てくるほど人気でしたね(笑)。ゼミはマスコミに強いと言われる難波功士教授のゼミを選びました。関西テレビに見学に行けるなど、アナウンサーをめざす上でも役立つことがたくさん学べた場だったと感じます。入学当初は学びたいことが決まっていなかったのですが、いざ興味のあることが見つかった時に学べる環境が整っていたのは本当にありがたかったです。

アナウンサーを志したきっかけを教えてください。

大学2年生の頃、将来について真剣に考え始めた際に、祖母から「就職活動に向けて、上手く話せるようになった方が良いよ」と言われたことがきっかけで、話し方を学べる場所と言えばアナウンススクールという思い込みから、スクールへの入学を考え始めました。しかし見学に行ったスクールはレベルが高く、なかなか一歩を踏み出せずにいました。そんな時、背中を押してくれたのが共に野球部で頑張ってきた親友です。彼と私は出身地が近く、同じように幼い頃からずっと野球をしていました。ボーイズリーグ時代に対戦したこともあったんです。体格の良さが印象的で記憶に残っていました。再会したのは大学の入学式の日。硬式野球部入部希望者が集められた際に、隣に彼がいたので思わず声をかけ、仲良くなりました。そんな彼と就職活動の話になった時に、彼が「実はアナウンサーをめざしている」と言ったんです。丁度アナウンススクールに興味を持ち始めた時期だったので驚くと同時に「自分も同じだ」と返していました。ほどなくして彼と同じスクールに入学。最初は原稿読みもフリートークも全然できなかったのですが、やればやるほど上達していくのがとにかく嬉しく、どんどん意欲が増していきました。本格的にアナウンサーをめざし始めるきっかけになったのは、OBの方の存在です。生き生きと楽しそうに話す姿を見て、自分もそうなりたいと思うようになりました。その後いくつもの就職試験を乗り越え、私も彼もアナウンサーになることができ、大好きな野球を実況するという同じ夢に向かって進んでいます。

大学時代にはボクシングのプロライセンスも取得されていますね。

部活も引退して時間があったため、内定をいただいてから入社までの1年半で特技を身につけようと考えました。いつかTBSで大晦日に放送されるボクシング中継の実況がしたいという思いからボクシングを始めることに。初心者にも関わらず、大学生の間にプロライセンスを取得したいという困難な目標に、最初は周囲から反対され、何軒ものジムに門前払いされました。それでも諦めきれず、まずは実力をつけるためにフィットネス専門のボクシングジムに入会。半年間、1から地道に鍛錬を重ねました。その姿がトレーナーの方の目に留まり、プロをめざせるジムを紹介してくれたんです。そこからさらに1年間打ち込みました。就活を終えた周りの友人が自由な時間を謳歌する中、毎日ジムに通い、痛い思いをしてまで、なぜ挑戦するのか分からなくなる時もありました。それでも目標を達成するため、必死で鍛錬を続けた結果、無事ライセンスを取得することができました。

着実に経験を積み夢に向かって一歩ずつ進んでいきたい

アナウンサーの仕事と今後の目標について教えてください。

現在は『THE TIME’』にレギュラー出演しています。早朝4時半からの生放送の番組で、出演日は0時半に起きて1時に出社。そこからはオンエアまで、準備やミーティング、ニュースのチェックなど慌ただしく時間が過ぎていきます。放送中、特に気を張るのはスポーツのコーナーの原稿読み。この原稿は直前まで更新され、コーナー開始の直前に届くこともあります。原稿にはVTRの箇所、生読みの箇所、暗記してカメラを見て話す箇所などが混在していて、最初の頃はその流れが短時間で頭に入りきらず、何度も失敗しました。出演し始めて8か月が経ち、最近ようやく形になってきたかなと思います。テレビやラジオの出演がない日は研修にも取り組んでおり、今は野球実況を練習中。1回表から9回裏まで、4~5時間声を枯らさず話し続けられるよう、訓練をしています。将来の目標はやはりWBCの実況と、年末のボクシング世界タイトルマッチの実況をすること。まずはしっかりと研修を頑張って、そこからヒーローインタビュー、CSの実況、地上波の実況と着実に経験を積みながら、ステップアップしていきたいです。

My History

私の成長年表

関西学院に通う後輩へメッセージ

学生時代は色々なことに興味が出てくる時期だと思います。関西学院は自由で、挑戦を応援してくれる場。意識の高い学生も多くて、刺激を与え合える環境だと思います。私自身、関西学院に入って、見える景色がガラッと変わりました。とにかくやりたいと思ったことをやってみてください。また関西学院には頼れる卒業生がたくさんいます。私も就職活動中から今まで多くの先輩に出会い、助けられたことで、次の世代に還元したいと思うようになりました。皆さんもぜひ先輩を頼って、後輩を助け、Mastery for Serviceの輪、奉仕の輪をつないでいってほしいです。