梶原隆さん・晴美さん・誠人さん親子 関西学院の親、子。

育ててくださった多くの方とのご縁に感謝して。

親子のありかたは千差万別。このコーナーでは、関西学院生とそのご家族がどのような関係を築いているのか、また子育てする上でどのようなことを心がけているのかなどをインタビュー。 いろいろな親子のかたちをお届けします。

プロフィール

梶原隆さん・晴美さん・誠人さん親子

梶原隆さん・晴美さん・誠人さん親子

二組目にご登場いただいたのは、梶原さん親子。長男の誠人くんは2012年甲子園ボウルを制した体育会アメリカンフットボール部、ファイターズの元主将。さらに弟の隆平くんもファイターズの現役プレーヤーとして活躍中。そんなパワフルな兄弟を育ててこられたのがお父さまの隆さんと、お母さまの晴美さんです。今回は、ご両親と長男の誠人さんにお話を伺いました。

フットボールとの出会いと、「青」への憧れ。

まず、最初に、誠人さんに質問です。なぜ関西学院を選ばれたのですか?

息子の誠人さん(以下、子)
 僕は小学4年生の頃にフットボールを始めまして、たまたま連れて行ってもらった甲子園ボウルでファイターズの試合を観戦したのが関西学院との出会いです。法政大学との試合で、ファイターズの選手がすごく格好良く見えたんです。試合中はずっと青色のユニフォームをひたすら目で追いかけていたのを覚えています。その時から、関西学院ファイターズの一員になることが僕の夢になりました。
 小学5年生から関西学院中学部に入るべく受験勉強を始め受験しましたが、努力が足りず関西学院中学部には入学することができませんでした。

併願で受験した中高大一貫教育の中学校に入学し通学していたのですが、その学校の中高にはフットボール部が無く、僕としてはどうしてもフットボールがしたかったので、あえてフットボール部のある高校に転校し進学しました。弟は中学部から関西学院にお世話になっていましたので、中高時代はとてもうらやましく思っていたのを覚えています。高校3年の10月、スポーツ推薦制度でやっと関西学院に入ることができた時は本当に嬉しかったです。

母の晴美さん(以下、母)
「関西学院ファイターズでフットボールをしたい。」というのは本人の一番の希望ですし、弟の隆平もすでにお世話になっていましたので、親としては何とか兄弟二人とも関西学院に入って、「同じチームでプレイして欲しい。」と心から願っていました。入学が決まって本当に嬉しかったです。ホッとしました。

子:入学式で校歌「空の翼」を歌った時は、自分が憧れの関西学院に入学できたことを実感して、とても感動したのを覚えています。「空の翼」って関西学院生でなくても知っている人がたくさんいるんですよね。小学校の頃から憧れていたので僕も自然と覚えていて、入学式で歌っていました。小学生の頃から抱いてきた夢が叶った瞬間でした。

誠人さんはどういう経緯でフットボールをやるようになったのですか?

子:小学校4年生の頃、弟と一緒に父に連れられて近所のタッチフットボールチームの練習を見学したのがきっかけです。当時、僕は野球がやりたいと言っていたので、野球チームの見学に連れて行ってもらえるのだと思っていたら、フットボールでした。

でも、すごく楽しかったんです。初日から防具をつけてもらい、弟と一緒に練習に参加させてもらいました。帰りの車の中では兄弟そろって「フットボールをしたい!」と言っていました。翌週にはなぜかもう試合に出場していました。(笑)。