KWANSEI SCHOOL LIFE Vol.12 人生の答えは一つじゃない。自分らしく、前へと進んでいこう。

KWANSEI SCHOOL LIFE Vol.12 人生の答えは一つじゃない。自分らしく、前へと進んでいこう。

Student's Profile

関西学院大学 文学部 2年生林 大翔

はやし ひろと/文学部総合心理科学科2年生。小学校の頃からアメリカンフットボール(タッチフットボール)に取り組み、関西学院大学体育会アメリカンフットボール部FIGHTERSでレギュラー獲得をめざし奮闘中。一方、大学ではプログラミングと心理科学の関わりに興味を持ち、それぞれの勉強に励んでいる。

関西学院高等部時代はアメフト日本一を二度経験し、現在FIGHTERSでレギュラー獲得をめざしている林大翔さん。一方でプログラミングにも精通し、世界中の開発者や技術者を対象にしたApple主催のイベント「Worldwide Developers Conference(WWDC:世界開発者会議)」にも招待されました。アメフト、プログラミング、そして専攻している心理学と文武両道に励む林さんに、今まで抱えてきた葛藤や将来への想いについて聞きました。

― 林さんは小学生の頃からアメリカンフットボール(タッチフットボール)を続けてこられたそうですが、どのようなところがアメフトの魅力だと思いますか。また、高校時代の部活動の思い出もお聞かせください。

 アメフトはほかのスポーツと違って、その場の状況判断よりもスカウティング(相手チームの分析)などの事前準備の成果が結果につながるところが魅力です。試合の映像からチームのプレイスタイルや選手の特性を分析して、論理的に戦略を立てる言わば「頭脳戦」。もともと頭を使って考えることが好きだったから向いていたんだと思います。小学校からQB(クォーターバック)というオフェンスの司令塔となるポジションを経験し、いつしか一流のQBになることが夢になりました。
 高等部時代の部活についてはいろんな思い出がありますが、一番心に残っているのは、自分の弱さが原因でレギュラー獲得を逃したことです。同じポジションに二人のライバルがいて、彼らは中学生の頃からすでに有名なほど上手でした。僕は身長が高く、遠投力にも自信があったんですけど、実力がつねに一歩及ばない状態。次第に何とか二人に勝ちたいという思いが強くなり、とうとう最終学年のときにはわざとコミュニケーションをとらなくなって…。二人を出し抜いて自分の結果を残すことだけに意識がいき、コーチから「自分のことで精一杯になってるぞ」と指摘されることもあったぐらい、チームのことが見えなくなってしまっていたんです。そして、高等部の集大成となる3年生の秋の大会。主力選手に選ばれたのは、最大のライバルA君でした。とてもショックを受けましたが、当然の結果ですよね。QBは司令塔。チーム全体のことをきちんと見渡せていないと務まりません。ライバルにレギュラーを獲られまいと、視野が狭くなっていた僕が選ばれるはずなかったんです。ですが気づいたときにはもう手遅れ。高等部最後のクリスマスボウルは、チームをピッチのそばからただ見守ることしかできませんでした。

アメフトが人生のすべてだった高等部時代。未熟さが、大きな失敗を引き起こしてしまった。
アメリカンフットボール部FIGHTERS

― アメフトが好きだからこそ、とても後悔されたのですね。クリスマスボウルが終わった12月に引退されたそうですが、残りの高校生活をどのように過ごされましたか?

 アメフトでの挫折からなかなか立ち直れませんでしたが、大学入学までに何か新しいことに挑戦したいと数学科の宮寺先生に相談すると、学内でプログラミング講座が開催されることを教えていただけました。全くの初心者でしたが、実際にやってみるととてもおもしろかったんです。自分の思い描いていることをさまざまな角度から分析して、それを実現できるよう論理的に考えていくと、きちんと形になる。アメフトのスカウティングやゲームプランニングと少し似たところがあって。本格的にやってみたいと思い、宮寺先生が顧問をされている数理科学部に入部。1カ月くらい勉強しているとどんどんアイデアを形にすることができてきて、ドハマリしました。まさかアメフト以外で熱くなれるものがあるなんて、自分自身とても驚きました。
 ゲームのアプリづくりにも挑戦しようと、練習台としてつくったのが、チェスをベースにアメフトのルールを組み合わせた「Chess of Football」です。チェスのボードをフィールドに、コマをアメフト選手に見立て、さらにボールもゲームの勝敗の重要なアイテムにしました。ちょうどたまたま、このゲームをつくっているときに、WWDC(Worldwide Developers Conference:世界開発者会議)という、世界中の開発者や技術者を対象にしたApple主催のイベントに参加できるアプリコンテストがあると知りました。プログラミングを始めてまだ3カ月。あまり期待せず、記念受験のような軽い気持ちで応募を決めました。

ゲームアプリ「Chess of Football」

開発したゲームアプリ「Chess of Football」。ユニークな発想が高く評価された。

― プログラミングという全く意外な適性を見つけることができたのですね。大学に入学してからは、FIGHTERSの練習や専攻されている総合心理科学科の授業など忙しくなってきたかと思いますが、どのように3つをこなされていましたか。

 大学では、今までとは全く異なる分野を学ぶことになったので、必死で頑張っていました。プログラミングについては休みの日に暇があればする程度。WWDCのことはもうすっかり忘れていましたね。そしてアメフトに関しては大学生になってから、実はQBからWR(ワイドレシーバー)にポジションを変更したんです。高等部時代にレギュラー争いでA君に負けたのが悔しくて、誰よりも早く高等部の2月からFIGHTERSの練習に参加したのですが、4月になって実際に彼の姿を見たときに圧倒的な実力の差を感じて…。このままQBだったら、またレギュラーになれないままかもしれない。そうしたらまた高等部最後のクリスマスボウルのときのように、チームが負けているのに自分は何もできずにただ見ているだけだ。本当にそれでいいのか…。いろいろ考え、最終的にWRへの変更を決めました。心が折れそうなほど、とても苦しい決断でした。
 そんな気持ちを引きずっていた中で、ある日突然、高等部の宮寺先生から電話がかかってきました。「林、WWDC受かってるぞ」。

人生を切り拓くのは、自分自身。きっとどんなことだって、乗り越えられる。
クパティーノにあるApple本社

クパティーノにあるAppleの本社にて。スティーブ・ジョブズの残した言葉に感銘を受け、プログラミングを追究したいという気持ちが高まった。

―FIGHTERSで辛い思いをされている中での朗報だったのですね。実際にWWDCに参加された感想をお聞かせください。

 当時の僕の中で、一番はFIGHTERS。プログラミングはそこまで本気ではなく、軽い気持ちで参加したんです。でも行ってみて本当に良かった。世界中から約5,000人が集まっていて、みんなのレベルが高く、とにかく熱い。幅広い世代の人たちが集まっていたんですが、みんな目がキラキラ輝いていました。Appleの新製品発表会を生で見られたり、オバマ夫人の講演を聞くことができたり、Appleのティム・クックCEOと写真を撮れたりと、僕自身信じられないような経験もできました。その中でも特に有益だったのは、AppleのエンジニアやデザイナーからUI(User Interface)についてアドバイスをいただけたことです。ただおもしろいアプリをつくるだけでなく、ユーザーにとって使いやすいデザインや色合いを考えなければならない。そのためには使用者の視点に立ち、どのようにすれば使いやすいかを考える必要がある。その話を聞き、プログラミングに心理学が生かせるかもしれないと発見できました。
また、アメリカでの収穫はWWDCでの経験だけではありません。同窓生の野口寛士さん、阿部真さんとの出会いも僕にとって大きなものでした。アメリカへ行く前にKG JOURNALを見ていたら、シリコンバレーで起業されている野口さんの記事が目に入りました。アポイントメントを取ると快くOKしてくださり、実際にお会いすることに。本当にいろんなお話をしてくださいました。たとえば、AppleやFacebookの本社があるシリコンバレーはIT企業の拠点の街でITそのものが生活の中に根付いているだけでなく、日々さまざまな斬新なアイデアの企業が生まれているということ。その情報を知っていた野口さんは起業しようと思って、シリコンバレーに来たけれどアイデアがなくてとても苦労されたとか。でも、もがいているなかでほかの同窓生に出会うことができ、それが支えになったり仕事にもつながると教えてくれました。また、野口さんを経由して関学同窓会サンフランシスコ・シリコンバレー支部長の阿部真さんも紹介していただきました。
WWDCに参加し、お二人の話を聞き、僕にはそれまで見えていなかったものがあると気づかされました。まず一つは当たり前ですが、いろいろな人生があるということ。僕にはアメフトだけでなくプログラミングという生き方もあり、またアメリカへ行くという選択肢もあるんだと気づけたことで、自分の未来がパッと広がりました。自分の知らない世界にいろんな可能性が広がっているんだとワクワクして、シリコンバレーにあるサンノゼ州立大学の大学院に進学し、機会があれば起業したいという夢もできました。そしてもう一つは、一見自分にとって関係ないと思えるようなことでも、人生を変えるチャンスになり得るということ。プログラミングを始めたらWWDCに参加でき、そして二人と出会え、世界が広がった。遠回りに見えることだって自分らしく頑張れば、夢を切り拓く道になるかもしれない。この気づきは、僕の大きな財産です。

  • Apple Worldwide Developers Conference

    スカラシップ(奨学金)枠として招待されたWWDC。

  • Appleのティム・クックCEOと

    Appleのティム・クックCEOとのツーショットは一生の思い出。

―WWDCへの参加や同窓生の方との出会いで世界が広がったとおっしゃいましたが、日本に戻ってからご自身の中での変化など何かありましたか。

 そうですね、一番大きいのは物事に対する考え方や捉え方です。そして、FIGHTERSへの取り組み方の意識も変わりました。実は今年の3月末に練習中に大きなケガをしてしまいました。医師からは、約一年は復帰できないと告げられています。一年。途方もない長さですよね。最初は、このままだとみんなに差をつけられてしまう。高等部のときのようにレギュラーになれないかも、と自暴自棄になりかけていましたが、入院中にプログラミングに夢中になっているうちに、アメリカでのことを思い返しました。自分には、いろんな可能性が広がっている。どこでだって自分らしい生き方ができる力があるんだ、と。そう思うと、QBからWRにポジション変更したことも、一年復帰できないことも、何かチャンスにできるんじゃないかと前向きに捉えられるようになりました。この一年、メンバーの上手い動きをじっくり観察してイメージトレーニングできる。自分の体のことを詳しく知り、リハビリや強化をたっぷりできる。そして、復帰したら一つひとつの練習を大切にして、レギュラー獲得への執着心を誰よりも高く保って取り組める。自分らしく頑張れば、きっと大丈夫。FIGHTERSでやり抜く、ゆるぎない覚悟が生まれました。
 今まで自分自身整理できていませんでしたが、アメフト、プログラミング、心理学…どれもが僕の人生にとって、大切なものなんだと取材を通して改めて気づきました。挫折も成功もいろんな経験ができたからこそ、いろんな人に出会えて、柔軟に考えられるようになったんだと思います。前を向く強さは、これからの大きな力になるはず。僕はどんな道でも恐れず、進んでいきます。