KWANSEI SCHOOL LIFE Vol.11

KWANSEI SCHOOL LIFE Vol.11

Student's Profile

関西学院大学 法学部 3年生多田 修平

ただ しゅうへい/法学部3年生。陸上競技部所属。中学時代から陸上競技に取り組み、大学3年生に出場した日本学生陸上競技個人選手権大会で、追い風参考記録9秒94をマーク。その後、8月に行われた世界陸上競技選手権大会 男子4×100mリレーでは、日本代表チームの第一走者として出場し、銅メダル獲得に貢献した。

2017年の日本学生陸上競技個人選手権大会 男子100mで、追い風参考記録ながらも日本人選手の国内大会で初となる9秒台をマークし、その名を轟かせた多田修平さん。今や日本全国の期待を背負う存在です。世界と戦うまでに自分を磨き抜いてきたその成長の過程、そして2年後に迫った東京オリンピックへの想いなどについて聞きました。

― 多田さんは関西学院大学に入学される以前は、どのように陸上競技に取り組んでこられましたか。
またどのような思いで、関学へと進学されたのでしょうか。

 僕が走ることのおもしろさに目覚めたきっかけは、小学生のときの運動会の徒競走でした。単純に、人より速く走って一番になることが楽しかったんです。「陸上競技」には程遠い、ただの「かけっこ」でしたが、とにかく走ることが好きでした。そして中学では陸上部に入部し、スピード感のある短距離走を迷わず選びました。そこで初めて本格的に陸上競技に取り組んだのですが、小学校のときとは違って、毎日朝練があるし、筋トレもしないとダメですし、正直キツいなぁと思っていました(笑)。それでもやっぱり結果が出たらうれしいから、続けられましたね。
 進学先の大阪桐蔭高校では、陸上部の監督が「インターハイ優勝」という明確な目標を掲げていて、「目標を達成するために何をするべきか」を常に考えるよう指導されました。トレーニング自体かなりハードで、相当鍛えられましたよ。冬の合宿ではまだ外が真っ暗な早朝4時に起きて、ひたすら走り込んだり…。今思うと陸上に対して本気になったのはこの頃です。練習はとてもキツかったのですが、なんとしてもライバルたちに勝って優勝したいという気持ちが強くなりました。ですが、それだけ頑張っていたにもかかわらず高校3年生のインターハイの結果は6位。3年間の目標だった優勝には程遠く、悔しい思いをしました。
 そして、大学に進むわけですが実はインターハイの前から、進学するなら関学がいい!と考えていました。というのも、陸上競技の強豪校は関東地方のほうが多く、「地元の関西から、関東に挑みたい」という対抗心があったんです。関西で一番強い陸上部といえば、僕は関学しか考えられませんでした。ここで、強い先輩たちと切磋琢磨して「打倒関東」を実現できる選手になりたい。そう思い、関学の陸上競技部に入部しました。

最初はただ純粋に、走ることが好きなだけだった。でも、いろんな人との出会いで「楽しい」から本気に。
多田 修平

― 「打倒関東」という強い思いから、関学を志望されたんですね。
関学の陸上競技部の練習は、それまでとどのようなところが違いましたか。

 全てのことにおいて「学生主体」という点だと思います。自分のペースで物事を進めていくので、「何をするか」だけでなく「なぜ、今これをするのか」と一段階深く考えるようになりました。実はそれは、体をつくるうえでもとても重要なことなんです。練習メニュー一つひとつに対して、どういう意味があるのかを意識してトレーニングすることで、必要な場所に必要な筋肉がついていきます。何も考えていなかったら、変な場所に筋肉がついてしまうから、体が重くなって走れなくなってしまう…。常に自分自身で、自分の成長について考えるからこそ、イメージしているバランスの良い理想の体に一歩ずつ近づけているんだと思います。
 あとは、大学生になり、よりレベルの高い試合に出られるようになって、多方面で成長の機会をもらえるようになりました。その一つが昨年参加した「OSAKA夢プログラム」という陸上競技選手の育成プログラムです。大学から「行っておいで」と後押ししていただき、参加できたのですが、これによって僕の陸上人生は大きく変わりました。これは、東京オリンピックで活躍する選手を大阪から輩出しようと大阪陸上競技協会が主催しているもので、アメリカやオーストラリアで合わせて1ヵ月間の強化合宿を行いました。特に印象深いのは、2016年のリオデジャネイロオリンピック4×100mリレーで金メダルを獲得したアサファ・パウエル氏の兄、ドノバン・パウエル氏に指導していただいたことです。スタートの姿勢や筋力改造のトレーニング方法などを直接アドバイスいただいただけでなく、一緒に何度も走りました。ドノバン氏は20歳以上も年上なのに、全く歯が立たない。初めて外国人選手の速さを体感し、ものすごい衝撃を受けました。僕はまだ、こんなところで終われない。世界のトップ選手と間近で接する中で、「自分の目標は、世界なんだ」と考えが変わったんです。最高峰の選手たちを相手に戦っていく、大きな覚悟が生まれましたね。
 大学生になってますます、理想の体へと近づいてきたし、技術力も磨かれてきました。そして目標も「世界」へと焦点が絞れました。あらゆる面でステップアップできたことが、のちの9秒94の記録(※追い風参考)や世界陸上競技選手権大会出場へとつながっていったんだと思います。

日本陸上競技選手権大会

日本陸上競技選手権大会で2位となり、世界への切符を掴んだ。

― 帰国してからは、セイコーゴールデングランプリ陸上2017川崎で、リオデジャネイロオリンピック100m 2位のガトリン選手にスタートを絶賛されたり、日本学生陸上競技個人選手権大会では、追い風参考記録ながらも日本人で国内大会初となる9秒台を記録したことにより、多田さんの名が一気に全国に知られることとなりました。
そして世界陸上競技選手権大会の代表選考を兼ねた日本陸上競技選手権大会では、リオデジャネイロオリンピック男子4×100mリレー銀メダリストのケンブリッジ飛鳥選手や桐生祥秀選手を下し、2位に。いよいよ目標としていた「世界」を相手に戦うことになりましたが、どういう気持ちでしたか。

 昨年の世界陸上は、僕にとって生まれて初めて日の丸を背負った戦いで、緊張もうれしさもありました。特に個人100mではあのウサイン・ボルト選手と同じレースに出場。世界一のスター選手と同じ舞台で争うことができることに興奮しましたが、その反面、世界の壁の高さも思い知りました。僕はスタート直後が速いので、最初はボルト選手の前にいたんです。でも、今まで感じたことのないスピードですぐに追い抜かれてしまいました。本当にあっという間。その差は歴然でしたね。レースを分析してみると、僕はスタート直後はリードできますが、脚を回転しすぎて、前半で体力を消耗してしまっているんです。そして体が反ってしまい、蹴る力が減り、後半で減速。ほかの選手は逆に、後半になるにつれて速さがどんどん伸びてくるので、抜かれてしまう。筋肉と体幹がまだまだだと痛感しました。
 リレーでは日本の名だたる選手と組み、メダルを獲得できたことは大きな自信になりましたが、やっぱりプレッシャーも大きかったです。僕は第一走者としてフライングをせずにバトンをつないでいくという責任がありました。頭の中で「とにかくフライングは絶対ダメだ」と思っていて、その緊張感から、スタートが少し遅れてしまいました。ここで本番での弱さが出てしまいましたね。フィジカルだけでなく、メンタル面も強化が必要です。
 どんな試合でも「満足」なんてありません。いつも課題が出てきて、それを乗り越えるために練習して、また試合で課題が出てきて…。でも常に目標を見据えているからこそ、僕はまっすぐ進んで行けるんだと思います。良いことも悪いことも含めて、この世界陸上は、今後の成長につながる大きな大きな経験でした。

舞台は世界。スター選手とのレースで思い知った力の差も、2020年への糧となる。
2017年の世界陸上

2017年の世界陸上では、ボルト選手と同じレースで争った。

―栄光と苦悩は、隣り合わせなんですね。
ボルト選手とのレースで「前半・後半」という表現をされていますが、走っている約10秒の世界を、多田さんはどのように感じているのですか。

 100mの約10秒間は、いわば「無」の世界。自分のレーンだけをただ見つめ、いつも通りのフォームで、練習してきたことを全て出しきる。それだけですね。でも僕のレースパターンは常に追いかけられる側だから、抜かれたり、ほかの選手の影が見えることで力んでしまい、フォームがバラバラになってしまうこともあります。頭の片隅に、いつもその不安があるのかもしれません。

―昨年9月の日本学生陸上競技対校選手権大会の、桐生選手が目の前で9秒台を出したレースは、
多田さんにとって忘れられないものだと思いますが、そのときはどのようなことを感じながら走っていましたか。

 そうですね、あのレースは確かに忘れられません。実は、スタート直後のほんの一瞬、「あ、リードできていない。やばい」って思ったんです。でもすぐに自分のレーンに集中して無我夢中で走って、ゴール。パッと電光掲示板を見たときに「9」と表示されていることに驚きました。誰も9秒台を出すなんて思いもしていなかったので。しかしそのタイムを出したのは自分ではなく、桐生選手。目の前で起こった事実にショックを受けました。僕は2位で自己ベストを更新しましたが、このときばかりは全くうれしいと思わなかった。ただひたすら悔しいという思いだけが残りました。いつもは試合が終わったら、フォームを確認するためにビデオを観ているのですが、このレースだけは未だに観ていません。今までに味わったことがないくらい、悔しいものでした。

日本学生陸上競技対校選手権大会

リレーの第一走者として3位に貢献。

―その経験は、多田さんにとってどのような影響をもたらしましたか。またそれをふまえて、今後どのような陸上人生を歩んでいきたいと思っているのかお教えください。

 今のままじゃ本当にダメだ。あの試合から、そういう気持ちが一層大きくなりましたね。次は自分のレーンだけをみて、自分の走りを貫いて、進化していかないと。僕の前を走っているのは、桐生選手だけではないですから。
 あくまでも僕の目標は東京オリンピックで、世界の選手と渡り合い、誰よりも速くゴールすることです。今の僕にとって、桐生選手も10秒の壁も世界への通過点。もっと力をつけて、その先へと進んでいきたいです。