KWANSEI SCHOOL LIFE

自分が変われば、世界が変わる。

好きなことに打ち込む学生時代は、人生でかけがえのない時間。関西学院で自分を見つけ、充実した毎日を送る学生たちの素顔を紹介します。

Kojo's Profile

関西学院千里国際高等部 2年生
中川 愛 さん

なかがわ めぐ/関西学院千里国際高等部2年生。2016年2月より高等部生徒会長。生後半年から10年間アメリカで過ごし、小学6年生のときに帰国。1年間公立小学校で学んだ後、千里国際へ。

関西学院千里国際中等部・高等部(SIS)は、大阪インターナショナルスクール(OIS)と併設される多文化融合の学校。
現在、生徒会長を務める中川愛さんに、国際色豊かなスクールライフについて聞きました。

昨年2月から念願の生徒会長に

 私は、千里国際高等部の2年生です。生まれて半年で父の仕事の関係でアメリカに引っ越し、ロサンゼルスで10年間過ごしました。小学校6年生のときに日本に帰国、1年間大阪の公立小学校に通った後、千里国際の中等部に入学しました。  現在、高等部の生徒会長をしています。中等部2年生のときにも生徒会で書記をしていたのですが、その頃から高等部では自分のリーダーシップを活かして生徒会長になりたいと思っていました。

 その準備として、スポーツデー(運動会)の学年委員をしてリーダーとしての経験を積んだり、「生徒会長になる」という目標を明らかにしてみんなの前で話をしたりしました。選挙のときには、12時20分から50分の「フレックス」という時間にカフェテリアで選挙演説をし、その様子は学校のテレビで放送されました。本当のアメリカの選挙のように盛り上がり、とてもいい経験でした。

「人に助けてもらう」心強さを実感

 生徒会の主な仕事は、学園祭、プロム、スポーツデー、クリスマスパーティーというイベントの企画運営です。大きなイベントが年に4回もあるので、ひとつ終わるとまた次が始まり、常に忙しくしています。
 生徒会長になって初めて手がけたイベントはプロム。プロムは、みんなでドレスを着てダンスを楽しむ高等部の一大イベントなのですが、当日、会場が思ったより狭くて。「みんな楽しめていないのでは」と泣きそうな気持ちになっていたのですが、イベント後に取ったアンケートを見ると否定的なコメントはほとんどなく、参加者の満足度がとても高くて安心しました。

 私は性格的に完璧主義なところがあり、「みんなの希望に添えられるか」「みんな満足してくれているか」を必要以上に考えてしまって落ち込むことが多いのですが、そんなとき、生徒会のメンバーに相談するとスッと気持ちが落ち着きます。生徒会活動を通して「人に助けてもらうこと」をこれまで以上に経験し、その心強さを実感しています。「みんなと一緒に企画し、実現に向けて行動すること」は、私の人生にとって重要な経験になっていると思います。

常に新しいことに挑戦していたい

 生徒会活動を通して、「新しいことにチャレンジしてみることの大切さ」と「新しいアイデアを実現させる楽しさ」を学びました。例えば、去年の新企画「ポッキーの日」。11月11日がポッキーの日ということを知って生徒会の会議で話し合い、イベントの目的を「大阪インターナショナルスクールと千里国際の交流」として学校に提案。大阪インターナショナルスクールと千里国際の生徒にそれぞれカードを配って、同じカードを持っている人を探し当てたらポッキーがもらえるというイベントを実現し、楽しみながら、2つの学校の交流を深めることができたと思います。

学校全体の「一体感」を大切に

 生徒会長としては、常に学校の一体感を大切に考えて仕事をしています。この考えは、自分自身のバックグラウンドによるものかも知れません。私の父はドイツ系南アフリカ人で母は日本人です。私は日本人ですが、見た目は日本人ではありません。だからこそ、「人は人種や宗教など関係なくみんな一緒なんだよ」という気持ちが、子どものころから自分の中に根強くあって、そんな自分の内からのメッセージが生徒会活動に大きく影響しているように思います。

 生徒会のメンバーのバックグラウンドもさまざまです。国籍も多様だし、ハーフ、海外での在住が長い人もいます。そんなメンバーといろんな議題を話し合うことで、自分自身の視野もますます広がっています。

「落ちこぼれ」ていた中等部1年生時代

 今は生徒会長として毎日充実した日々を過ごしていますが、中等部1年生のときは、人生の中で最も大変な時期でした。小学6年生で帰国したときは漢字が小学校1年生レベルで国語の授業についていくのが大変でしたが、中学に入っても日本語に対する苦手意識が常に自分を追い詰めていました。「日本語ができない」ことが大きなコンプレックスで、それが原因で当時はグレていましたね(笑)。日本語も勉強もできない自分に自信がなく、周りに壁を作ってしまっていたので友達関係もうまくいきませんでした。将来の夢もどうでもよくて、投げやりな気持ちで過ごしていました。友達には、「中1のときのメグは、こわくて話しにくかった」と言われます。

悩んでいても仕方がない!心の切り替えが転機に

 そんな自分が変わったのは、中等部2年生のときです。勉強も友達関係もうまくいかない自分自身が本当に嫌になって。でも、悩んでいても仕方がないので、「とにかく勉強して自分を変えよう」と強く心に決めました。気持ちを切り替えると、どんどん自分のやりたいことが明らかになってきました。
 勉強すればするほど目標が持てるようになり、さらに上をめざすようになりました。母はもともと「勉強しなさい」と言わない人なのですが、急に変わった私を見て「頑張っているね」と褒めてくれました。そんな母の優しい言葉が、さらに頑張る原動力になったと思います。

できないことよりもできることに目を向けよう!

 また、「できないことを気にするのではなくて、自分ができることをやればいいんだ」と気づいたのもこの時期です。私は「リーダーシップをとること」が得意だと気づき、そこをさらに伸ばしたいと、どんどん積極的にリーダーの立場に立つようにしました。
 学校生活でも「周囲と壁を作らずいい関係になろう」と意識することで、だんだん友人関係も改善されていきました。私にとって、中等部2年生は「自分が変われば周りも変わるし、自分を取り巻く世界も変わる」と実感できた「転機の年」でした。

将来の夢は国際弁護士夢に向かって邁進中

 「自分ができること」のひとつとして、ディベートの勉強も始めました。中等部3年生のときに初めて千里国際が‘World Scholar’s Cup’という世界40カ国以上の人が参加するディベート大会の関西大会の会場となったので「自分の英語力を発揮するチャンスかもしれない」と、出場することにしました。大会には、英語、美術、音楽、歴史、理科、スペシャルエリアという6科目のテストとエッセイもあるので、準備のため1年近くかけて勉強しました。ディベートは、アドリブが重要なので、お題に対して3分間ノンストップで説得力のある話ができるよう、友達に練習に付き合ってもらいました。千里国際は、授業でプレゼンテーションをする機会が多く、日常生活の中でディベートの練習ができたのもよかったです。

 大会本番では、関西大会で優勝し、シンガポールの世界大会にも出場することができました。高等部1年生のときにも挑戦し、2年連続で関西大会優勝、マレーシアの世界大会で予想以上の結果を出すことができ、最終的にイエール大学でディベートを行いました。「自分ができること」で結果を残せたことは、大きな自信になり、このころから自分に‘迷い’がなくなりました。
 2月には模擬国連にも参加しました。そのために勉強した「人権問題」に興味を持ち、「国際人権弁護士」という夢も見つかりました。人権問題は世界中の人々に関わるので、自分の「国際生」としての資質や環境も活かせると思います。

千里国際で本当の意味での「国際生」になれた

 小学6年生でアメリカから戻ったときは、正直、日本の生活は「最悪」と思っていました。仲のいい友達と離れてしまっただけでなく、日本語はわからないし、勉強にもついていけない。新しい友達もできず疎外感も感じていました。
 けれど、今思えばあの頃の経験があったからこそ、今の自分があると思います。あのままアメリカにいたら、国際弁護士という夢にも出会わなかったし、それをめざせるような自分にもなれていなかったと思います。中途半端だった日本語もちゃんと話せるようになったし、学校でスペイン語と中国語も勉強して、語学の面でも将来の可能性が広がりました。学校でいろんなバックグラウンドを持った友達のいろんな価値観に触れたことで視野も広がり、本当の意味での「国際生」になれたと思います。

 将来はどこに住むかまだわかりませんが、どこででも楽しく暮らしていける自信があります。発展途上国を含めて、いろんな国で仕事ができればと思っています。
 千里国際は、生徒ひとりひとりの個性や独立心を応援してくれ、自分が得意なことや好きなことが見つけられる場所です。中等部1年生の時、落ちこぼれでやる気のなかった私を応援してくれた先生方には、今でも感謝しています。
 高等部卒業後はアメリカの大学に進学を考えています。6月には大学に願書とSAT(大学進学適性試験)の成績を送らなければならないので、3年生では今まで以上に勉強を頑張りたいと思います。