思春期・青年期の子どもと親の関係

教育学部・教育学研究科 藤井 恭子 准教授

 関西学院のキャンパスで日々繰り広げられる学びを体験してみませんか。関西学院の教員が保護者のみなさんに身近なテーマを取り上げます。今回のテーマは、「思春期・青年期の子どもと親の関係」。関西学院大学教育学部の藤井恭子准教授に、小学生から大学生の子どもを持つ保護者が子どもの成長にどうかかわっていくべきかを聞きました。

教育学部・教育学研究科

藤井 恭子 准教授

筑波大学大学院心理学研究科博士課程修了、博士(心理学)。専門は「生涯発達心理学」。特に青年期の対人関係、アイデンティティの発達について研究している。愛知教育大学で11年間教員養成に携わった後、2013年4月から現職。

思春期、青年期は親子一緒にゆらいで乗り越えよう

思春期は子どもにとって人生初の「苦難の時期」

 子どもが小学生の高学年ぐらいになると、「言うことを聞かなくなった」「反抗的になった」と感じることが増えてくるものです。思春期は、それまでの親の言葉を素直に受け入れていた時代から、自我や自立心が芽生えるなど子どもの心に大きな変化が起き始めるとき。私たち大人も歩んで来た道なのでなんとか理解して寄り添いたいと思いつつも、いざ直面すると感情的になってしまいますね。

 思春期の子どもたちは、人生初の「苦難の時期」に突入しています。その苦難は、自分を客観視することが可能になったことによって生じる「心理的変化」に加え、二次性徴期による「身体的変化」、さらに、時と場合によって大人扱いされたり子ども扱いされたりする「社会的変化」の3つの変化によるもの。これらの変化は子どもたちの心にとっては大きな負担で、しばしば「三重苦」と表現されるほどです。思春期とは、3つの変化のアンバランスさの中で子どもたちが「ゆらぎ」ながら成長する時期なのです。

子どもの思春期と同時期にやってくる中年期の親の「ゆらぎ」

 思春期の子育ての難しさは、子どもの「ゆらぎ」ばかりが原因ではありません。子どもが思春期にさしかかる頃、親はちょうど中年期を迎えます。実は、中年期もまた人生における「ゆらぎ」の時期なのです。40歳代から始まる中年期には、体力の衰えや更年期障害など「身体的変化」が現れ始めます。また、子どもの成長に伴う親としても役割が変化します。子どもを通した付き合いなど自分のコントロールがきかない人間関係の困難さや、親の介護問題、あるいは職業生活のなかでも管理職という新しいスキルが求められるなど、さまざまな苦難に見舞われる「社会的変化」を経験します。私が以前17歳から70歳代まで500人の女性に対する調査を行ったところ、女性の友人関係でいちばん「ゆらぐ」時期は40歳代という驚きのデータが出ました。さらに、人生の折り返し地点を過ぎて、これまでの自分の生き方を振り返ったり、この先の生き方を再び模索したりという、「心理的変化」も生じます。これは、子どもの経験している「三重苦」とまったく同じ側面での苦難なのです。

 人生には3回ゆらぐ時期があるといわれます。まずは「思春期」、そして「中年期」、「老年期」です。「自分とは何者なのか」を自身に問い、悩みながらそれぞれの時期を乗り越えることで人間はさらなるステージへと成長します。なので「ゆらぎ」は人生に必要なものですが、思春期の子どもと中年期の親、互いにゆれた状態の二者が寄り添おうというのですから、想像しただけでも苦難ですよね。

「自分もゆらいでいる」と自覚して余裕をもって子どもと接しよう

 そのような状況で、私たちはどのように子どもとかかわっていけばいいのでしょうか。まず、一番大切なのは「親である自分もゆらいでいる」と自覚することです。人生で「ゆれる」ことは決して悪いことではありません。ゆれずに我慢していると、どこかで歪むか、バキッと折れてしまうかもしれません。子どもに「お母さんもゆれている」とバレてもいいのです。つい感情的になりすぎたら謝ることも大切です。自分で「ゆらいでいる」ことを自覚しながら、しっかり地に足をつけて上半身だけでゆらぐこと。親がうまくゆらいでいると、子どもも安心してゆらぐことができます。親子で上手に「共ゆれ」しましょう。

お互い肩肘張らず、今可能なチャンネルで向き合う

 その上で、具体的な子どもとの接し方についてお話しましょう。思春期の子どもたちを前に「言葉が通じない」と感じる親御さんは多くおられます。「何を考えているのかわからない」「何も話さず友だち関係も見えない」など、この時期の子どもたちは一時的に言葉でのコミュニケーションが難しくなります。特に最近の子どもはLINEなどSNSでの「絵文字文化」で育っており、普段の生活でコミュニケーション力を養う環境にありません。そんな状況に、さらに思春期特有のコミュニケーションの難しさが重なってしまうのです。「家庭でこそコミュニケーション力を養わないと」と焦るかもしれませんが、この時期は、子どもが絵文字で来るのなら、親も絵文字で返してみてはいかがでしょうか。思春期の難しい時期に言葉でわかり合おうなどと肩肘張らず、同じ物を食べて、同じ物を見て、ゲームでもいいから交流する。言葉が一時的に無力になったとしても、コミュニケーションを成立させるチャンネルを変えて、できるだけ接点を持つことです。そうすれば、思春期を越えた頃にちゃんと戻ってきます。

 また、子どもとのかかわりを切りたくなることもあるかもしれません。そんなときも「一緒に生き方探しをしている」スタンスで共に歩んでください。子どもは数ある可能性の中で生き方を探し悩んでいるとしたら、親は狭まる選択肢の中で自分探しをしています。思春期は春、中年期は秋と、どちらも季節の変わり目にいるのです。「錦秋」という言葉があります。いろんな色合いを持つ「錦秋」には、春にはない美しさがあります。中年期にいる私たちはこれまでの人生で人脈や知恵を蓄積し、ゆらぎを乗り越えるための術を知っています。「錦秋」の余裕で春を見守りましょう。

多少見えてなくても子は育つ自身の「秋」を楽しむことが大切

青年期の子どもには「身近な社会人」のモデルになる

 思春期を乗り越えると青年期に入ります。青年期とは高校生から大学生の時期。思春期を経て子どももずいぶん落ち着きますが、日常的に大学生に接していると、青年期も外からは見えづらいものの「ゆれている」のを感じます。青年期で一番大変なことは「生き方を決めなければならない」ということです。彼らは世の中の動きを肌で感じており、自分がやりたいこととやれることのギャップもよく理解しています。そんな中で、高校から大学への「学部選び」と「就職」の2大ターニングポイントを迎えるのです。ここで、「もう子どもではないのだから自分で決めなさい」「あなたの好きにしていいのよ」と急に手を引く親御さんも多いのですが、急に手を離されるとどうしていいのかわからなくなる子どもも多いようです。
 青年期において、親はモニタリングを一切しないのではなく「子どもが求めたときには応える」スタンスをとりましょう。ただし、子どもが親世代に求めるのは「アドバイス」ではなく「モデル」としての役割です。良かれと思って自分の経験や考えを押し付けると、子どもは反発したり混乱したりすることもあります。どうせ、子どもは親の思うようには育ちません(笑)。親の生きている姿を、良くも悪くも「モデル」として生き方の指標とします。ですから、親は子どもを誘導するのではなく、親自身が自分の人生を誠実に生きている姿を見せることが大切になってくると思います。

思春期以降、お父さんの役割が重要に

 思春期から青年期の子育てにおいて、お父さんの役割も重要です。男の子は父親の生き方を見て父親をモデルとして育ちます。女の子も父親との関わりの中で異性性をモデル化していきます。高校生男子を対象にした日本の研究では、「息子とコミュニケーションを取ろうと努力している父親の息子は、そうでない父親の息子よりもアイデンティティが高い」という結果も出ています。
 子どもたちが父親の生き方を知っていることが大切なので、忙しくても子どもが「お父さんの存在感」を感じられる「時間」と「コミュニケーションの質」を確保するように心がけましょう。強さだけでなく、弱さや迷いを含めて、ありのままの親の姿が子どもの「生きる学び」につながります。

ですから親は、自分の考えや経験を自分の言葉で話すなど、時間は短くても本気で向き合うことが大切です。出張などで忙しいお父さんは、SNSやメールでつながるのもいいですし、休日に自分の得意分野を子どもと一緒に経験するなど、子どもとつながるチャンネルを持つのも効果的です。「イクメン」はだいぶ浸透してきましたが、子どもとの積極的な関わりは子どもが乳幼児のころだけで終わるのではなく、子どもが思春期以降になって、さらにお父さんには大きな役割が求められるのです。「錦秋」を生きる父親だからできる育児を、ぜひ味わってみてください。