関西学院の学び

田淵 結 教授

キリスト教の伝道を志した、若き日のヴォーリズの熱き思い

キリスト教伝道師を志し、英語教師として来日

今回は、「ヴォーリズ建築とキリスト教」についてお話したいと思います。そのために、ヴォーリズ自身の生涯に少し触れておきましょう。
ヴォーリズは、日本で数多くの西洋建築を手掛けた建築家として知られていますが、実はもともとの彼の志は、「キリスト教の伝道」にありました。コロラド大学在学中に「海外伝道学生奉仕団」の世界大会に出席したのをきっかけに、キリスト教の伝道師となることを決意し、大学の過程を建築科から哲学科に変更したのです。そして大学卒業後の1905年、ヴォーリズは滋賀県立商業学校の英語教師としてYMCAから日本へ派遣されます。

そこでヴォーリズは学校の課外で「バイブルクラス」を開きます。彼はとても人気のある教師で、バイブルクラスにも多くの学生たちが集っていたようです。しかし、実はヴォーリズが来日する6年前、日本の文部省は「課外といえども宗教活動はしてはいけない」という禁令を出していました。そのような関係もあり、ヴォーリズは「宗教色の強い教師」として2年で解雇されてしまいます。この時のことを彼は自叙伝で「困苦と失望」の体験と記しています。

  • 神学部の校舎
  • 中学部のチャペル内観

キリスト教の伝道のため再起を誓って再び日本へ

解職後しばらくして彼は一旦アメリカに帰国しますが、1910年には再起を誓って日本に戻ってきます。その頃から少しずつ建築の仕事を始め、1912年には関西学院の原田の森キャンパスの神学館を手掛けることになります。この仕事は、それまで住宅など小規模建築がほとんどであったヴォーリズにとって初めて手掛ける中・大規模建築であり、ヴォーリズが日本で再起を誓ってから最初の大仕事でもありました。

その後、第4代院長に就任するC.J.Lベーツとともに20年以上にわたって関西学院の建築を手掛けたことは、前回お話した通りです。関西学院の上ケ原キャンパスは、20年の間に小規模の外国人住宅から大規模な学舎まで、まるで「ヴォーリズ建築の展示場」のようになりました。

ヴォーリズ建築は、最も効果的な「伝道活動」

  • 経済学部の窓から見た中央芝生
  • 学院本部棟

関西学院は「教育」、ヴォーリズは「建築」を
通してキリスト教を伝道

ヴォーリズの人生を振り返って言えることは、ヴォーリズは「建築を通してキリスト教の伝道に大いに貢献した」ということです。
英語教師を解雇され、アメリカに戻らざるを得ない状況になったときのことを、彼は「大きな挫折を味わった」と言っていますが、この挫折こそが彼にとって大きな転換期となっています。キリスト教では「逆境に置かれたときに真実が問われる」といいます。まさにそのような状況の中、ヴォーリズは真剣にキリスト教の伝道について考え、その答えが「建築を通してキリスト教を伝える」ことでした。
ちょうどその頃、文部省訓令第十二号により、キリスト教伝道を主目的にするミッションスクールなのか、学校としての教育を中心とする学園なのか、そのあり方を強く問われていました。関西学院は後者を軸として、ベーツ先生のもとMastery for Serviceをモットーとしての人間教育を展開し、ヴォーリズはそのための空間、環境整備、つまりキャンパス創りを担ったのです。ヴォーリズ建築には、その場にいるだけで心が落ち着くような独特の居心地のよさがあります。ヴォーリズは、それこそが神に守られている心地よさなんだと学生たちに伝えているのです。

余談ですが、同じヴォーリズ建築であり重要文化財を受けた神戸女学院と関西学院の建物を比較すると、神戸女学院の建物にはより大きなコストがかけられています。上ケ原移転による新しい上ケ原キャンパス設置にも費用的な制限を考えざるを得なかったのでしょうか。実は原田校地でも上ケ原キャンパスでも、校舎、講堂、図書館、学生寮、宣教師や教員の住宅など、まるで、さまざまなヴォーリズ建築の「展示場」のようでもあり、彼の建築が多くの学校などに採用されてゆくきっかけとなったのではなかったでしょうか。
このように、関西学院は「キリスト教の伝道」という共通した強い志を持つC.J.Lベーツとヴォーリズという2人の若者の共同作業により大きく成長しました。2人の接点がどこにあったのかはどこにも記されておらず、我々はこのような出会いを「偶然」と呼びますが、これはまさに「神のお導き」としか言いようにないように思います。

空間に身を置くだけで感じられるヴォーリズからのメッセージ

ヴォーリズは、近江兄弟社を設立するなど、ビジネスパーソンとして精力的に活躍したことでも知られています。
彼はひとつの教会所属の伝道師にはならず、自由な立場でキリスト教を伝えることを選びました。常にオープンな立場にいたために、制限を受けることなく仕事を選び、その仕事を通してキリスト教を広く伝えることができたのです。

また、ヴォーリズは近江八幡時代の教師仲間や実業家などあらゆる方面にネットワークを作るのに長けた人でした。まめにニュースレターを書いたり連絡をとったり、今でいう「発信型」の人。いい友人や支援者を作り出す天才で、周りからも愛されていたようです。
関西学院の学生たちは、学生生活の中で日常的にヴォーリズの作品に触れ、知らず知らずのうちに彼からのメッセージを受け取っていることでしょう。学生たちがキャンパスに惹かれ、居心地のよさを感じるのは、ヴォーリズがキリスト教伝道のために情熱を注いだ若き日々の熱き思いが、その建築作品に深く刻まれているからかも知れません。

田淵 結 教授 田淵 結 教育学部 教授 キリスト教学担当 
関西学院理事、宗教総主事

学生の日常にあるヴォーリズ建築

校舎の中など、一般に公開されていないヴォーリズ建築が関西学院の学生の日常にはたくさん存在しています。
その一部をお見せしましょう。

  • 1.神学部チャペル
  • 2.メアリー・イザベラ・ランバス・チャペル
  • 3.時計台2階
  • 4・5.文学部チャペル
  • 6.文学部チャペル柱の装飾
  • 7.メアリー・イザベラ・ランバス・チャペルの階段
  • 8.ランバスチャペル入口の柱
  • 38は一般に公開されています。
Visit the Vories Architecture
ヴォーリズ建築を訪ねてみませんか。

関西学院や聖和大学のキャンパスでは多くのヴォーリズ建築に出会うことができます。これだけのヴォーリズ建築が凝縮されている地域は、日本で唯一といえるでしょう。ぜひ実際に訪れて、ヴォーリズの世界に触れてください。

関西学院会館で配布中の「KWANSEIマップ」では、ヴォーリズ建築を巡る散策コースを紹介しています。